お母さんは何でもかんでも適当で、いい大人なのにすごく甘えん坊で、
いつもおバカなことばっかりしてるけど、私と弟を、スーパー広い、寛容な心で包んでくれます。
どんな一日が終わっても、家に帰るとお母さんがいる、というだけで、心が安らぐ気持ちになります。
将来、私が母になったら、お母さんのように子どもたちを包んであげられるでしょうか。
分からないけど・・・おかあさんからもらったバトンを私の子どもにも渡してあげたい。
お母さん、生んでくれてありがとう。
第1回ありがとういのちイベント参加 // 女性
ありがとういのちプロジェクト。 |
いのちに宛てた感謝の手紙。ありがとういのちの手紙で、「ありがとう」と「いのち」を伝える。 |
お母さんは何でもかんでも適当で、いい大人なのにすごく甘えん坊で、
いつもおバカなことばっかりしてるけど、私と弟を、スーパー広い、寛容な心で包んでくれます。
どんな一日が終わっても、家に帰るとお母さんがいる、というだけで、心が安らぐ気持ちになります。
将来、私が母になったら、お母さんのように子どもたちを包んであげられるでしょうか。
分からないけど・・・おかあさんからもらったバトンを私の子どもにも渡してあげたい。
お母さん、生んでくれてありがとう。
第1回ありがとういのちイベント参加 // 女性
まずは俺のことを生んでくれてありがとう。
そして、21才になる今まで育ててくれて、本当にありがとうございます。
三兄弟の真ん中に生まれた俺は、兄弟の中で一番自由奔放だった気がします。
学校内で問題を起こした時も、外で問題を起こした時も、本気で俺に向かい合ってくれました。
子供を叱る事って簡単な事だと思います。理屈をつけて、いけない事なんだ!って言えばいいだけだから。
ただ、それが通じるか、子供が受け入れるかどうかは別問題です。
だって納得できない事は出来ないですからね。
若い時は、そんな事もあるさ。それが人間を成長させる。
そんな考えのもと、俺を叱ってくれた、おやじ、おふくろの言葉には重みがありました。
なぜかはわからないけど、やってはいけない事は、やってはいけない、と心から思えました。
俺の理想の親父はおやじであり、理想の女房はおふくろです。
二十歳になってから、俺の誕生日ごとに二人にプレゼントをあげて不思議がってるおやじとおふくろですが、
俺が生まれた日に、生んでくれたあなた達に感謝するのは、俺の中で何の不思議さもありません。
これからも、宜しくお願いします。おやじ、おふくろ!!
おやじとおふくろの息子より
第1回ありがとういのちイベント参加 // 21歳・男性
先日、僕は自分の生きている意味を考えました。
自分の夢がわからなくなってきたから、
自分はなぜ生きているのか。
幾度考えても、奥底から納得できる答えは見つかりませんでした。
ただ、一つ答えではなく、納得のいくものは自分の中に見つけました。
僕が生まれた理由です。
親父、おふくろの愛がその理由でした。
その愛が僕を生み、育てた。そして今僕は生きている。
一緒にしたスポーツも、怒られたことも、母の手料理も、僕の家には愛であふれている。
ゆるぎない幸せが僕の中にはあると思います。
そんな幸せを大切に生きたいと今は単純にそう思います。
日頃、なかなか言えないけど、親父とおふくろ、本当にありがとう。
第1回ありがとういのちイベント参加 // 男性
私はすなおじゃなくて、いぢけていて、かわいくない子供だったと思いマス。
自分ひとりだけで理屈っぽくいろいろかんがえてて、うまく言えなかった。
言いたいことがあってもいえなくて、欲しいものがあっても口にできなかった。
どうして?って言われてもよくわからないけど・・・ひどくくちべたで自意識過じょうでした。
中学校ぐらいに、たぶん反抗期だったんだと思うけど、めんどくさいときがあったと思います。
学校もあんまり行かなかったし・・・さぼりぐせもつけてしまいました。
今思うと、あのとき私は何であんなことで悩んでたんだろうっていうささいなことではあるけど、
あのときはつらかったから、学校休ませてくれてうれしかったです。
そのころ、ふだんはやさしいってゆうか、ほとんどしゃべらないパパにはじめておこられて、
しかもけっこうきびしくおこられて、すごくショックをうけたことがあります。
あんなパパをみたのは今までで一回だけ・・・。
だから今でもときどき思いかえしては、あのときのことを反省します。
なんだかんだ言ってもパパのこと大好きです。高校決めるときも、大学行くときも、
パパの助言がけっこう大きく心をうごかしてたんだよ、実は。
パパはいろんな人に会っていろんな世界を見たほうがいいって言ってくれました。
おかげさまで、わがまま言って浪人させてもらって一人ぐらしさせてもらってます。
私はがんばって大きなりっぱな人になる!!
ママのことも大好き。ママはおかしとかパンとか上手につくってくれるし、
おさいほうとかもできるし、まさに理想のお母さんって感じ。
私もママみたいになりたい。なる!!
あと、私が生まれる前に生まれてこれなかった赤ちゃんとか、妊娠中に怪我とかもしてて、
本当に生まれてこれたキセキをかんじます。
今ここに生きているキセキ!かみしめて毎日ハッピーに元気にすごすよ。
私はもうすぐ21才になる・・・。
まだ立派な大人って言えないけど、頑張って生きてます。夏休みには帰るからね。
第1回ありがとういのちイベント参加 // 20歳・女性
あなたに向かって、何の迷いもなくお父さんと呼べる日がくればいいな。
許す、許さないじゃない。私に命をくれた人だから。
憎んだり嫌ったり、あなたそっくりの自分に苦しんだりもした。
でも今誰よりもお父さんの幸せを願ってる。
あなたに似て素直じゃないから面と向かって言えないけど、ありがとう。
第1回ありがとういのちイベント参加 // 女性
お元気ですか?私は定期紛失したり、駅のホームに靴落っことしたり、はしかにかかったり、
恋に玉砕したり、でもとっても平和な毎日を送っています。
今日はちょっと変わった会に参加しています。
だから、お父さんへのお手紙もいつもと違う感じで、「プチ・パパ分析」を書いてみたいと思います。
異論はあるかもしれないけど、黙って聞いていて下さい。
お父さんを一言で表すと、「やんちゃでアニメと車が好きな愛妻家」。
幼稚園の娘と遊ぶ時に、両足もって振り回して投げ飛ばすって、結構やんちゃですよね。
夜寝る時はお父さん好みのアニメが子守唄でした。私、女の子なのに「モスラの歌」が歌えちゃうし。
車に関しては・・・今思えばお父さんの車、改造加えてましたよね?
それに、あんなにお父さんっこだった幼い私の前で、
「君も好きだけど、お母さんのほうがもーっと大好き」って・・・あなたどれだけお母さんにぞっこんなの。
でも、そんなお父さんだからこそ、大好きなんだと思います。
こんなに家族思いなパパは、世界中探してもどこにもいないしね。
車好きだったお父さん、車に殺されてから早11年ですね。
6つ下だったお母さんも、もうお父さんの年齢を追い越しちゃいました。
そして何の因果か、私今自動車事故の受付のアルバイトをしています。
意外と割り切って仕事ができています。
きっと、お父さんの死が私の中で風化してしまったのでしょうね。
私はリアリストだから、お父さんが見守ってくれているという感覚は持っていません。ごめんね。
でも、お父さんが今どこにいるのか、どこにもいないのか、考えても考えても私にはわからないのです。
でも、私がこうして生きていられるのは、お父さんと暮らした日々の記憶という宝ものがあるからです。
そして、私が幸せであることによって、お父さんの死も意味あるものになると思うのです。
だから私、たくさん子供産んで、お父さんのように絶大なる愛情を注いで、
立派なマザコンに育て上げるつもりです。
だって、お父さんの1番にはなれなかったから、せめて自分の子供の1番でありたいもの。
今日、この会のテーマは「生んでくれてありがとう」だそうです。
でも、お父さんが直接生んでくれたわけではないし、しかもお母さんが一生懸命踏ん張っている時に、
「グロいのダメ」とか言って分娩室の外で待っていただけですから、この言葉はちょっと語弊があるかなと。
なのでそんなお父さんにこの言葉を。
「お母さんを愛してくれてありがとう」
娘より。
第1回ありがとういのちイベント参加 // 女性
僕には、今、1人の娘がいる。
子供ができるまで、親の感情っていうのもがわからなかったけど、段々わかってきたと思う。
かわいくて、目に入れても痛くないというのもわかる位だ。
そして、もうすぐ2人目の子供が生まれてくる予定だ。
とにかく無事生まれてきて欲しい。
自分を親が生んでくれなかったら、この子達の存在もなかった。
そう考えるとお父さん、お母さんに、心から「命を授けてくれてありがとう」と言いたい。
長野県・男性
今年の正月明け、切石の家でおじいちゃんと話していた時のこと。
普段はそういうことはほとんど口にしないおじいちゃんが、初めておばあちゃんへの想いを私に語ってくれました。
その頃のおばあちゃんは、おじいちゃんがガンと知って、ひどく落ち込んでいました。
でもおじいちゃんは、春になってあったかくなったらきっと病気も良くなって、
また畑仕事ができると信じていたんです。
本当に前向きに生きようと努力していました。
その時に、おばあちゃんへの想いを書いてくれた詩をここで発表したいと思います。
かごの鳥
お前とおれもかごの鳥
いいぢゃあないか
五十余年も好きなことをやってきた仲だもの
人生一度位 奇跡があるさ
くよくよせずにおれの手につかまって
夢の奇跡に向かって
行こうぢゃあないか
この詩を私に読ませてくれた後、あのプライドの高いおじいちゃんが大粒の涙を流しながら私に言ったんです。
「おばあちゃんだって体が弱いのに、自分の体よりおれ心配ばかりして、毎日くよくよしとる。
でもな、そんなおばあちゃんだけど、おばあちゃんがいたからおれはここまでやってこれたのよ。
おばあちゃんと一緒んなって本当によかった。
おれの心配ばかりして、くよくよしてないで、おれを信じてついてくればいいのよ。
おれはな、死ぬことはちっとも怖くない。でもな、おばあちゃんが心配でな・・・。」
と言葉をつまらせて、涙ながらに話してくれました。
おばあちゃんが洗い物を終わらせてこっちに来ると、
おじいちゃんはとっさに詩を書いた紙をびりびりにやぶいて、泣いてないフリをしていました。
その時の光景が私の心に焼き付いています。
お互いに、自分よりも相手の心配をしている姿を見て、口には出さないけど、
夫婦の愛情をすごく実感し、私も涙が止まりませんでした。
そんな最高のパートナーとめぐり逢えたおじいちゃんの人生は、本当に幸せなものだったと思います。
おじいちゃん、これからは、天国で私達を見守っていて下さい。
おじいちゃんの存在、おじいちゃんとの思い出、おじいちゃんが残してくれたもの。
私達はずっとずっと忘れないよ。
84年間、本当にお疲れ様でした。ありがとう、おじいちゃん。
平成16年7月14日
長野県・女性
『あなたの人生だから好きに生きて!
全然心配してないよ。だって自慢の娘なんだから。』
この言葉をもらえて嬉しかったから、絶対に悲しませることなく
後悔しない日々を送ろう、と心に誓ったの!
これからも、今以上に幸せに生きていけるようがんばるね。
いつまでも天国から応援していてください。
私を生んでくれてありがとう!!
東京都・30代・女性
この世の中に生まれて来て、約40年経ちます。
40年間の中で、半分以上が迷惑と心配のかけ通しだったような気がします。
そんな私も妻になり、母になり、あなた方が通ってきた道をたどっています。
今やっと、あなた方の気持ちが少しだけ分かるような気分です。
辛い時、悲しい時、話を聞いてくれ、一緒に泣いてくれた
お父さん、お母さんがいたからこそ、今の幸せを手に入れる事が出来たのだと思います。
ありがとうございました。
そして、今は、娘に生まれてきてくれてありがとうと、言いたいです。
長野県・女性